2022年 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」北条義時以外の構成メンバーは?その顔ぶれを紹介! (7/8ページ)
戦乱の中で老父を討った畠山重忠(はたけやま しげただ)が帰伏すると、私怨を乗り越えて共に戦おうと受け容れる度量で頼朝公の信頼を勝ち取り、鎌倉の宿老として平家討伐で歴戦、数々の武功を上げました。
そんな義澄は建久元1190年、これまでの功績によって推挙(官位を推薦)されますが、「若い者に与えた方が、やる気も出るだろうから」と、息子の三浦義村(よしむら)に譲るなど、美しい引き際を見せています。
三善康信(保延六1140年~承久三1221年)頼朝公の乳母の甥……現代の感覚では「赤の他人」ですが、当時は乳母を通じたつながりが深く、流人であった頼朝公に月に三度も京都の情勢を知らせ、その挙兵に大きな役割を果たしました。
法理に明るく公正な人柄で知られ、幕府の司法機関である問注所(もんちゅうじょ)の執事として御家人たちの揉め事を次々に解決する「鎌倉の良心」だったようです。
和田義盛(久安三1147年~建暦三1213年)
三浦義澄の甥で知られた暴れん坊。頼朝公の挙兵に際して「なぁ、いつか天下を獲ったら、俺を侍所別当にしてくれよ」と軽口を叩いたところ、本当に任命されてしまったという悪運の持ち主。