2022年 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」北条義時以外の構成メンバーは?その顔ぶれを紹介! (6/8ページ)
しかし、京都に入った知家は調子に乗って(頼朝公に無断で)朝廷から官位を受けてしまったため「(平家討伐で九州に遠征する)用事を忘れて道草を食っている駄馬野郎め!(大意)」などと罵倒されてしまいます。
その後は反省して各地を転戦、幕府草創の功臣として名を残すのでした。武骨ながら、ちょっと愛嬌のありそうなキャラクターです。
比企能員(生年不詳~建仁三1203年)頼朝公の乳母である比企尼(ひきのあま)の甥。比企尼は頼朝公の流人時代から仕送りなど全力でバックアップしてくれた大恩人であるため、能員が取り立てられたのでした。
頼朝公の嫡男・源頼家(よりいえ)に娘を嫁がせ、外戚として権勢を固めましたが、北条時政・義時父子との対立によって暗殺され、比企氏は滅ぼされてしまいます(比企の乱)。
比企尼のコネで重用されたこと、そして暗愚とされる頼家の近臣であったことから無能に描かれがちですが、彼もまた「光らせ甲斐」のあるキャラクターと言えるでしょう。
三浦義澄(大治二1127年~正治二1200年)
平治の乱(平治元1160年)で頼朝公の父・源義朝に従うも、敗れて故郷の相模国へ逃げ延びますが、二十年の雌伏を経て頼朝公の挙兵に馳せ参じます。