もうひとつのキリスト教 ギリシャ正教の歴史や西方教会との違い (3/4ページ)

心に残る家族葬



■人が神になる思想

ギリシャ正教では神が人になったのは、人が神に成るためであるという「神化」(テオーシス)の思想がある。全知全能の神に人がなれるのか。簡単に言うと神そのものには近づけないが、神の属性に触れることはできるというものだ。例えば「光」である。瞑想や身体技法によって、光が見えるようになり光と一体になるという。これは空海(774〜835)の神秘体験に似ており、極めて神秘主義思想に近く、神の唯一性を絶対視する西方教会ではありえない。その西方教会でもマイスター・エックハルト(1260〜1328頃)、ニコラス・クザーヌス(1401〜64)らが神との一体を説く、ギリシャ正教に通じる神秘主義を唱えたが、いずれも異端として弾劾された。人間が神になる思想は教会にとっては都合が悪い。教会や聖職者は神と人間との間を取り持つ神の代理人である。神化思想はその存在意義を否定する。西方教会は王権とのせめぎ合いの中で教会の権威付けが必要だった。「神の代理人」の権威は最強の武器であり、権威が揺らぐような思想は許されなかったのだ。教会を否定し聖書のみを重んじたプロテスタントでも「神の代理人」を否定した合理性故に、神秘主義的な神化思想は受け入れられない。正教ならではの思想といえる。神化思想は死というネガティブな儀式である葬儀にも、神に向かって上昇していくというダイナミックな意味を与えることになると思われる。

■総合的宗教

宗教は創造神などこの世界の外に超越的な存在を置く超越型と、行を深めることで悟りを開いたり宇宙と一体になるといった内在型に分類できる。超越型のキリスト教やイスラム教では内在型は内在型は神秘主義として異端視され、内在型の密教や禅では外部の超越的存在は否定される。そうした中でギリシャ正教は唯一神を奉じながら、神秘主義の要素も公式に組み込む総合的な宗教といえる。ギリシャ正教は日本人には馴染みの薄い宗教であるがその内容を知ると、我々の一般常識としての西方キリスト教とは一味違う、興味深い世界が広がっているのである。
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