名前負けなど恐れるな!「アジアの巨人」頭山満少年の豪気な改名エピソード (3/5ページ)
強弓をもって敵を撃退する為朝。大槻東陽『啓蒙挿画日本外史(源為朝強弓ヲ挽テ官軍ノ艦ヲ覆ヘス)』より。
天下一の強弓として武勇を轟かせた為朝ですが、生来の叛逆気質ゆえか、その弓は常に強い者に対して(弱い者を守るために)引いたと言われています。
「弱きを助けて強きをくじく天下無双の男に、俺もなりたいものだ!」
自分の意思で名前を変える(そしてそれを、両親はじめ周囲に認めさせる)というだけでもすごいのに、シンプルながら気宇壮大なチョイスにも、只者ならなさを感じますね。
「名前負けなど恐れるな!」14歳で頭山「満」に改名かくして八郎と改名した乙次郎ですが、14歳となった慶応4年(1868年)、母方の実家である頭山家を継ぐこととなります。
「これを機に、俺は満と改名する!」
日ごろ崇敬していた太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)から一文字授かったのですが、これについて苦言を呈する者がありました。