マンソン・ファミリーが関与したとされる10の死の謎 (2/8ページ)

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・10. シェリー・ドウ(No.358UFCA)
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 シェリー・ドウ、または事件ファイルNo.358UFCAとして知られる一件。20~23歳くらいの若い女性の遺体が、1969年11月16日、ロスのマルホランド・ドライブはずれの土手に遺棄されているのが発見された。157箇所も刺されていたという。

 スパーン・ランチは、1968年半ばから逮捕される1969年の冬までマンソンファミリーのアジトだったが、ここで働いていた者が、この身元不明の女性と姿かたちのよく似た女がファミリーとつるんでいて、シェリーと名乗っていたのを覚えていた。警察が調べたところ、マンソンファミリーの中でシェリーと名のっていたのはたったひとりで、その女はシェリー・アン・クーパー、またの名をシミ谷のシェリーと言っていたことがわかった。シェリーはバーバラ・ホイトとファミリーから生きて逃げ出した。

 シェリー・ドウの事件がファミリーと結びつけられたのは、何度も執拗に刺している残虐な手口と遺体発見現場のせいだったが、いまだに彼女の身元は特定できていない。

・9. ローレンス・メリック
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 マンソンファミリーの殺人は大きなニュースとなり、当然、ハリウッドもこれに飛びついた。ファミリーをとりあげたドキュメンタリー映画のひとつが『シャロン・テート殺人事件』(原題:Manson)。この映画の監督で、テートの昔の演技指導者だったのが、ローレンス・メリックだ。

 映画の中では、ファミリーのメンバーとのきわどいインタビュー場面がたくさん出てくるが、これが法律上の問題を引き起こし、公開が何度ものびのびになった。
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