マンソン・ファミリーが関与したとされる10の死の謎 (5/8ページ)

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その直前、自分を伝道師と呼ぶ男が率いる若者のグループがこの町でLSDを配っていたが、ヒッピー嫌いの町の住人に家に火をつけられて、彼らは町を去った。

 当時、マンソンはカリフォルニアで仮釈放中だったが、殺人があったまさにその頃、保護観察官と連絡がとれなくなっていた。

・4. ジェームズ・シャープとドリーン・ゴール

 1969年11月7日、15歳のジェームズ・シャープと19歳のドリーン・ゴールの刺殺体がロスの路地で見つかった。ふたりとも50~60回も刺されていたという。動機なし、執拗なまでの残忍な刺殺が、テート=ラビアンカの殺人と酷似していることに、警察はすぐに気がついた。さらに、シャープとゴールの殺害現場は、ラビリンカ夫妻が住んでいた場所に近く、プロセス教会として知られる、最後の審判教会というサイエントロジーグループの分派に所属していた。

チャールズ・マンソンはこのプロセス教会と関わりがあった。刑務所に入った頃から、マンソンはサイエントロジーに興味をもっていた。マンソンのイデオロギーの多くはこのプロセス教会がもとになっている。ファミリーのメンバー、ブルース・デイヴィスは、マンソンの命でロンドンのプロセス教会の本部を訪ね、その後、プロセス教会の人間が獄中のマンソンのもとを訪れて、教会刊行物のためのインタビューが行われた。シャープとゴールを殺したのが、マンソンファミリーだったかどうかは謎だ。

・3. ジョエル・ピュー
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 ファミリーのメンバーで、やはりメンバーだったブルーことサンドラ・グッドと結婚。善の子供の父の候補者のひとり。父親であるかどうかは関係なく、善の子供は名字にピューの名を与えられていた。

 1969年12月1日、ピューの遺体がロンドンのタルガート・ホテルで発見された。手首を切り、喉を二度かき切っていた。

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