マンソン・ファミリーが関与したとされる10の死の謎 (4/8ページ)
その後、ウォルツの兄がマンソンに電話してきて、おまえが弟を殺したのはわかっているから絶対復讐してやると脅したが、数ヶ月後にマンソンが逮捕されたのでそれはかなわなくなった。ロスの保安官事務所はスパーン・ランチを調べたが、ウォルツの殺人と関連するものはなにも見つからなかった。いまだに未解決である。
・6. マリーナ・ハーベ

マリーナ・ハーベ(17)は、作家のハンス・ハーベと女優のエロイーズ・ハルトの娘。1968年12月27日、マリーナは大学から帰宅してデートに出かけ、翌朝、戻ってきたが、黒いセダンに乗ったふたりの人間に拉致され、二日後、マルホランド・ドライブのはずれの灌木の下で惨殺死体となって発見された。背中や胸を何度も殴打され、しかも複数の人間に刺されていた。
容疑者はあがらず、ファミリーのメンバーが逮捕された。マリーナはメンバーの何人かを知っていたのではないかと推測されたが確証はなく、彼女の殺害は未解決だ。さらに興味深い点は、マリーナの遺体が遺棄された場所は、11ヶ月後の1969年11月にシェリー・ドウの遺体が捨てられた場所とほぼ同じことだ。ふたりとも執拗に刺されて死に至っている。
・5. ダーウィン・スコット
幼少の頃、チャールズ・マンソンは、本当の家族を知らなかった。未婚の十代の母親から生まれ、祖父母に育てられた彼は祖父母が両親で、母は姉だと思っていた。父親は誰だかわからなかったが、マンソンが生まれて2年後、母親がウォーカー・スコットという陸軍大佐を子供の養育のことで訴えた。だが、マンソンがウォーカー・スコットと父子関係にある証拠はなにもない。
時がたち1969年5月27日、スコットのきょうだいのダーウィン・オレル・スコットが、ケンタッキー州アッシュランドの自宅アパートでメッタ刺しにされ、遺体で見つかった。