マンソン・ファミリーが関与したとされる10の死の謎 (7/8ページ)

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・1. ジェームズとローレン・ウィレット
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 獄中でマンソンは、刑務所を本拠地とするギャングのアーリアン・ブラザーフッドと危うい関係を結んだ。マンソンは筋金入りの人種差別主義者だったが、アーリアンは仲間とはみなさなかった。だが、マンソンは保護と引き換えに自分の女たちを自由にしていいという取引をした。

 その結果、逮捕されていなかったマンソンファミリーのメンバー、プリシラ・クーパー、ナンシー・ピットマン、リネット・“スキーキー”・フロムらは、家族であるウィレット夫妻と共にアーリアンのメンバーふたりと同居することになった。1972年11月8日、元海兵隊のジェームズ・ウィレットの遺体が浅く埋められた土の中から発見された。ショットガンで撃たれ、首を切られていたという。警察は彼の車を追跡して、ファミリーが住んでいたアジトを見つけた。
  
 家を捜索すると、ローレン・ウィレットが地下室に埋められていた。やはり頭に銃弾を受けていた。プリシラ・クーパーが、ローレンはロシアンルーレットをやっていて自分で死んだと証言。ウィレットの娘は無事だった。

 プリシラ・クーパーとナンシー・ピットマンは5年の実刑判決を受けたが、リネット・フロムの告訴は棄却された。のちにフロムは1975年9月5日、サクラメントでジェラルド・フォード大統領に銃を向けたかどで逮捕された。銃は装填されていたが、弾倉には弾はなかった。終身刑を言い渡されたが、2009年8月に仮釈放になっている。
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