マンソン・ファミリーが関与したとされる10の死の謎 (3/8ページ)

カラパイア

やっと公開されたのが1972年のことで、アカデミーの長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。

 1977年1月26日、メリックはハリウッドのスタジオの外で、がっしりした体つきの若者に撃たれた。犯人はそのまま逃走し、いまだに捕まっていないが、これがマンソンファミリーの仕業なのかははっきりしていない。マスコミに注目されるのが大好きなマンソンは、死刑判決を受けてから5年後に終身刑に減刑され、また世間から浴びることになる。

・8. ナンシー・ワレンとクリダ・デラニー

 1968年10月13日、カリフォルニア州ユカイアで、ナンシー・ワレンとクリダ・デラニーの遺体が発見された。ワレンはハイウェイパトロール警官の妻で、シャロン・テートと同じく妊娠8ヶ月で、クリダはワレンの祖母で近所に住んでいた。ふたりとも殴打され、革ひもで首を絞められていた。

 この2件の殺人容疑でファミリーのメンバーが逮捕された。被害者ワレンとテートの境遇が似ていること、殺人のあった時刻にメンバー数人がユカイア近辺にいたこと、ラビアンカの殺人でも革ひもが使われたことなどの類似性があったためだ。革ひもはマンソンが身に着けていて、リノ・ラビアンカの両手を縛るのに使われたのだ。だが結局、メンバーの誰も殺人の罪には問われなかった。

・7. マーク・ウォルツ

 16歳のマーク・ウォルツはマンソンファミリーのメンバーではないが、スパーン牧場のまわりを何度もうろついていた。スパーン・ランチは大きなスタジオセットで、西部劇やテレビの撮影に使われていた。目が不自由なオーナーのジョージ・スパーンは、労働と引き換えにファミリーがタダでここに住むことを許可した。

 1969年7月17日、ウォルツは釣りをするために、ヒッチハイクしてサンタモニカ埠頭まで行った。ウォルツの釣竿が打ち捨てられているのが発見され、翌日にはマルホランド・ドライブ近くで本人の遺体が見つかった。顔をひどく殴られており、胸に3発くらっていた。

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