天下分け目の攻防戦!陥落する城から脱出した少女の回想記「おあむ物語」 (2/7ページ)
おれが親父(しんぶ)は……
【意訳】
子供たちが集まって「御庵様、昔話をお聞かせ下され」とお願いしたところ、「私の父上は……」
『おあむ物語』はこのように始まり、若き日の思い出が語られるのですが、果たして彼女(※便宜上、名前をおあんとします)はどんな体験をしたのでしょうか。
……時は慶長5年(1600年)9月。美濃国大垣城(現:岐阜県大垣市)に山田去暦(やまだ これきorきょれき)という武士がおりました。
近江国彦根(現:滋賀県彦根市)の出身で石田三成(いしだ みつなり)に仕えておりましたが、天下分け目の関ヶ原(せきがはら)合戦では主戦場より東方の大垣城に配置されます。
「ははぁ……粉骨砕身、何としても敵を食い止めまする!」
去暦は決死の覚悟で妻と3人の子供を連れて大垣城に入りました。おあんは去暦の長女で当年17歳(天正12・1584年生)、他に兄・山田助丞(すけのじょう。生年不詳)と14歳の弟(本名不詳。天正15・1587年生)がいました。
「母上、怖い……」
「そのような事ではなりませぬ。そなたたちもお侍の方々を助けて、立派に戦い抜くのですよ」
かくして9月15日の払暁、合戦の火蓋が切って落とされたのでした。