天下分け目の攻防戦!陥落する城から脱出した少女の回想記「おあむ物語」 (7/7ページ)

Japaaan

「何とか口利きを……」

「ならば相応の礼を……」

と言ったかどうだか、おあんは儀右衛門に嫁ぐこととなり、お陰で兄の助丞は土佐の大名・山内一豊(やまのうち かずとよ)の馬廻役に取り立てられたのでした。

『おあむ物語』より、這う這うの体で大垣城を脱出。

「それまでは着るものも食べるものも、本当に苦労したものでした……」

何かにつけて昔の苦労話を引っ張り出して、子供たちの好き嫌いや贅沢などを戒めたため、この土地ではそういう行為や人を「彦根婆(ひこねばば。おあんの故郷)」あるいは単に「彦根」と言うようになった、と言われるそうです。

その後、おあん達が天寿をまっとうできたのかは知られていませんが、山田家の子孫は代々土佐藩に仕え、近現代に至るまで活躍してます。

※参考文献:
中村通夫ら校訂『雑兵物語 おあむ物語 附おきく物語』岩波文庫、1943年5月
『高知県人名事典新版』刊行委員会『高知県人名事典』高知新聞社、1999年9月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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