天下分け目の攻防戦!陥落する城から脱出した少女の回想記「おあむ物語」 (6/7ページ)

Japaaan

(※)一説には、大垣城にいたというおあんの記憶違いで、本当は佐和山城にいたのでは?とも言われています。

「そう言えば、先刻不思議なことがございました……」

真夜中(九つ時分。午前0:00前後)になると、男女30名ばかりが「田中兵部どのゝう、田中兵部どのゝう……」と叫び声を上げたと思ったら泣き出して……他の者に確認しても「そんな声は聞こえなかった」とのこと。

「これはきっと、田中兵部殿がお助け下さることの暗示だったのかも知れませんね」

「ともあれ、決行は今夜。持ち物は最低限とし、断じて口外するでないぞ」

『おあむ物語』より、大ダライを漕いでお堀を渡る場面。

さて、いよいよ大垣城からの脱出です。去暦はじめ妻と兄とおあんの4名は天守閣の西側から大ダライを吊り下げ、1人ずつ漕がせて渡らせることに成功します。

「よし、急げ!」

約束どおり敵兵が見逃してくれたので、大急ぎで城から脱出。北へ5、6町(1町≒約109m)ほども走ったところ、にわかに産気づいた母が出産。女の子でした。

逃亡中なので満足な用意もなく、田んぼの水で産湯をつかうような状態でしたが、ともあれみんな無事に逃げ延びることが出来たのでした。

エピローグ

それからと言うもの、浪人となった去暦一家は土佐国(現:高知県)で仕官していた親族の雨森儀右衛門(あめのもり ぎゑもん。氏行)を頼って移住。

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