密告と殺戮!奈良時代、それは血で血を洗う争乱が続いた時代だった。【前編】 (1/6ページ)

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密告と殺戮!奈良時代、それは血で血を洗う争乱が続いた時代だった。【前編】

平城京を中心に、東大寺・興福寺・春日大社などの寺社が建立され、国際色豊かな仏教文化が花開いた奈良時代(710~794年)。

その舞台である奈良は、悠久の歴史ロマン溢れる場所として親しまれています。

しかし、奈良時代の実態は、そうしたイメージと全く異なり、全時代を通じて、天皇・皇族・貴族の間で、血で血を洗う争乱が続いた時代でした。

なぜ、奈良時代に血なまぐさい争乱が続いたのか、その理由を政争史に的を絞りながら、奈良時代の歴史をお話しましょう。

奈良時代に天皇家・貴族が絡む抗争が続いた理由

 復元された平城宮大極殿。奈良時代の貴人たちは、太刀をはき、馬で平城京を駆け巡っていた。(写真:wikipedia)

読者の皆さんは、古代の天皇・皇族・貴族にどんなイメージをお持ちでしょうか?おそらくは、『源氏物語』の主人公・光源氏のような華やかだけど、少し弱々しい貴公子をイメージする人が多いのではないでしょうか。

しかし、奈良時代の天皇・皇族・貴族の多くは、太刀や弓の技を習得し、馬を自由に操る。そんな武人としての一面も持っていました。

奈良時代になると天皇の地位はある程度確立してきます。

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