古墳時代はここから始まった?纏向古墳群(奈良県桜井市)にある6基の前方後円墳【後編】 (3/13ページ)

Japaaan

そうなると、纏向には全国に影響を及ぼすような大きな力を持った政権が、弥生時代末期(3世紀前半~中頃)・古墳時代前期(3世紀中頃~3世後半)という2つの時代において、継続して存在していたことを物語っていることになるのです。

纏向に存在したこの2つの政権について、確かなことを言えないのが現状です。しかし、もし、纏向に邪馬台国があったのであれば、前者は邪馬台国(卑弥呼・台与王朝)、後者は初代ヤマト政権(崇神王朝)と考えることも可能なのではないでしょうか。

ちなみに、纏向遺跡では、発掘調査のたびに多くの重要な遺構が見つかっていますが、最も注目を集めたのが2009年に発見された4棟の大型建物群でした。

 纏向遺跡大型建物群の遺構配置。建物E・建物D・建物C・建物Bの4棟が一直線上に配置されている。(写真:現地案内板)

この遺構は3世前半~中頃のものと推定されています。この時期に、これだけの規模の建物は全国的に類を見ません。おそらくは、纏向の中心的な施設であったことは間違いなく、卑弥呼の宮殿ではとの説も提唱されています。

纏向型前方後円墳が造営されたと同時期に、この大型建物群も存在していたのです。

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