古墳時代はここから始まった?纏向古墳群(奈良県桜井市)にある6基の前方後円墳【後編】 (2/13ページ)
(写真:Wikipedia)
現在の考古学的な定説になっているのが、3世紀中頃~後半に、最初の前方後円墳として纏向に箸墓(箸中山)古墳が築造され、それがヤマト政権の勢力拡大とともに、全国に広がっていったというものです。
各地の有力な豪族は、ヤマト政権の大王に服従する証として、前方後円墳を築くことを許されたとされます。
しかし、それに遡ること約半世紀前(3世前半~3世後半)に、纏向型前方後円墳が北は福島県から南は鹿児島県に造営されていたのです。
この事実は、ヤマト政権が全国に勢力を拡大する前に、それに先行する纏向にあった政権がほぼヤマト政権同様の地域に勢力を伸ばしていたことになります。
岡山県岡山市にある矢藤治山(やとうじやま)古墳。全長約35mの纏向型前方後円墳とされる。(写真:Wikipedia)
もちろん、纏向型前方後円墳と箸墓(箸中山)型前方後円墳は、同じ纏向遺跡内にあり、纏向の地を起源とすることは疑いようはありません。