大河ドラマ「青天を衝け」で渋沢栄一の人生を変えた男・平岡円四郎の生涯 (2/5ページ)
そんな円四郎が26歳となった弘化4年(1847年)、松平昭致(まつだいら あきむね。後の徳川慶喜)が徳川御三卿(ごさんきょう。御三家に次ぐ家格)の一つである一橋(ひとつばし)家を継承した時に小姓として推薦され、傍近く仕えました。
安政5年(1858年)に徳川将軍家の跡目争いが起こった際には家老の中根長十郎(なかね ちょうじゅうろう)と共に慶喜を将軍にするべく根回しに奔走したものの、結局将軍の座は徳川慶福(よしとみ。後の徳川家茂)に奪われてしまいます。
しかも直後に起きた「安政の大獄(あんせいのたいごく)」では、大老の井伊直弼(いい なおすけ)から(よほど熱心に根回し活動をしていたためか)一橋家の過激人物として警戒され、左遷の処分を受けてしまいました。