千里眼の能力の持ち主とされていた御船千鶴子の数奇な運命とは (4/6ページ)

心に残る家族葬

そして千鶴子自身が千里眼の「衰え」を感じていたことに加え、自分同様に世間から脚光を浴びている長尾の存在や、清原の妻であり、自身の姉である眞知子もまた、清原から透視能力を開発され、その能力を発揮し始めてもいたことから、焦りや嫉妬があったのではないか、とも言われている。しかしこれらは、あくまでも憶測でしかない。

不思議なことに、千鶴子の葬儀の際、または千鶴子の死後から現在に至るまで、「千里眼」という、人知を超えた力を有していたとされる千鶴子であったにもかかわらず、怪異、または神秘的な現象が起こったという話は残されていない。それは、現実に何も起こらなかったのか。または、千鶴子の特殊能力を信じつつも、合理的かつ理性的知性に基づき、それを科学的に立証しようとしていた福来博士らのみならず、明治維新以降、西欧に倣い、「近代化」を推し進めようとしていた日本全体を覆っていた「時代の空気」ゆえに、非科学的または前近代的な「迷妄」として、「なかったこと」にされた可能性もある。

■数奇な運命を辿った御船千鶴子

千鶴子の生誕地・熊本県宇城市不知火町松合の小高い丘の上に、「六地蔵公園」がある。八代海を一望できる美しい場所ではあるが、「京都」「奈良」、東京の「上野」「原宿」…など、人が大勢詰めかける一大「観光スポット」ではないため、コロナ禍の有無に関わらず、静寂を保ってきた。そのそばに、御船家の墓所があり、千鶴子もそこに眠っている。

江戸時代の川柳に「下駄となり仏ともなる木々の運」がある。木は運命を選べない。人の足に踏まれる下駄になるか、それとも著名な仏師によって彫られた、人に崇められ、大切に扱われる仏様になるか。まさに「運」次第だ。もしも「千里眼」がなかったとしたら、千鶴子は「普通の女性」として、一生を終えたはずだ。

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