領地を没収され、横暴な新領主に抵抗した戦国武将・君ヶ袋兼継の挙兵 (1/4ページ)

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領地を没収され、横暴な新領主に抵抗した戦国武将・君ヶ袋兼継の挙兵

日本人の名字は20万から30万ほどもあると言われ、中にはその一世帯しかないようなレアな名字もたくさんあります。

ありきたりな名字は「それだけ一族が繁栄した(血がつながっていない場合でも、他の一族があやかろうとした)証拠」ですから、その祖先を敬服する一方で、レアな名字は「困難の中にあっても、家名を絶やさず受け継いできた証拠」ですから、これまた素晴らしいことと言えるでしょう。

さて、戦国時代と言えば当然のごとく乱世であり、多くの家々が激しい戦乱の淘汰に見舞われた訳ですが、レアな名字の家≒弱小勢力にとってはまさに存亡の危機だったはずです。

今回はそんな乱世を生き抜いた東北地方の戦国武将・君ヶ袋兼継(きみがふくろ かねつぐ)のエピソードを紹介したいと思います。

祖先は鎌倉幕府の御家人・千葉氏

君ヶ袋兼継の生年は不詳、父は陸奥国加美郡(現:宮城県加美郡加美町)君ヶ袋城主の君ヶ袋常継(つねつぐ)、弟に君ヶ袋胤継(たねつぐ)がいました。

鎌倉草創の元勲・千葉常胤。

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