関ヶ原の戦いで敗れた宇喜多秀家が誰よりも長生きできたのは、島流しのお陰? (4/5ページ)

Japaaan

明日葉。天婦羅にしたら美味しそう。

古くは中国大陸の薬草辞典『本草綱目(ほんぞうこうもく。16世紀)』や、江戸時代中期には貝原益軒(かいばら えきけん)の生物学書『大和本草(やまとほんぞう)』でも言及され、万能薬とは言い過ぎにしても、それだけ薬効が知られていました。

葉と茎を食用とし、現代では天麩羅に揚げたり汁物の具にしたり、お茶にしたりなど八丈島の食卓に欠かせない食材となっていますが、アシタバは伊豆大島や太平洋沿岸(概ね房総半島~紀伊半島)にも自生しているそうなので、もし見つけたら試してみたいですね。

早寝早起き、腹八分(?)。特に重労働を課せられるでもなかった(大名だったころの方がよほどハードワークだった筈)秀家の生活は、健康食や八丈島の温暖な気候と相まって、彼に長寿を与えたのかも知れません。

エピローグ

その後、徳川家康が亡くなった元和2年(1616年)、島流し生活も10年に及んだため、秀家は罪を赦され、前田利常(としつね。利長の弟で養子)から大名に復帰しないかと打診されます。

「貴殿ほどの逸材が絶海の波濤に朽ちていくのは忍びない。

「関ヶ原の戦いで敗れた宇喜多秀家が誰よりも長生きできたのは、島流しのお陰?」のページです。デイリーニュースオンラインは、戦国大名宇喜多秀家食事健康カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る