神も仏も斬り殺せ!武士道のバイブル『葉隠』が伝える忠義の精神 (3/4ページ)

Japaaan

もし愛宕権現と敵対することあらば、そんなものは真っ二つに叩っ斬って突き進め』とな!」

「ははあ……っ!」

かくして茂里の愛宕参詣は取りやめとなったのですが、茂賢の叱咤も決してただの精神論ではなく、朝鮮出兵や関ヶ原の合戦で数々の武勲を立てたからこそ、その言葉が説得力をもって響いたのでしょう。

五八 鍋島安藝殿より志摩殿へ意見の事 志摩殿より使者を以て安藝殿へ御申し候は、「京都愛宕へ參詣仕りたき」の由に候。安藝殿承り、「それは何のために候や。」と御申し候。使申し候は、「弓矢の神と候へば、御武運の爲思召し立たるゝ」の由申し候。安藝殿立腹にて、「しかと無用に候。鍋島の先手が、愛宕など賴みて成るべきや。向ふに愛宕権現立ち向はれ候はゞ、眞中二つに切り割りて、先手を勤むべくと存じ候へ。」と返答の由。
※『葉隠聞書』巻第八より

主君への忠義以外はいらぬ!

六四 ……(前略)……地獄にも落ちよ、神罰にもあたれ、此方は主人に志立つるより外はいらぬなり。悪くすれば、神道の仏道のと云ひ、結構な打ち上つた道理に轉ぜらるゝものなり。仏神もこれをわろしとは、思召さるまじきとなり。
※『葉隠聞書』巻第二より

【意訳】地獄が何だ、天罰が何だ。鍋島武士たるもの、主君へご奉公する以外に一切の余念なかるべきぞ。やれ神道だの仏教だのと小賢しい理屈をこねるんじゃない。かくまで純然たる忠義なれば、仏様も神様も、悪くは思われるまいて。

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