もうおしまいだ…没落士族の悲哀を描いた明治時代の歌舞伎「水天宮利生深川」を紹介 (2/6ページ)
庶民の生活風景を舞台にした一種のトレンディ・ドラマ。当時の習俗を知る上で貴重な民俗史料ともなっている。よりリアリティを求めた作品を生世話物(きぜわもの)とも。
しかし従来の型に固執せず、常に新しい風を入れようとする姿勢は、硬直した権力に反発する歌舞伎の精神そのもので、先人たちの心意気が伝わってくるようです。
今回はそんな散切物の一作「水天宮利生深川(すいてんぐう めぐみのふかがわ)」を紹介したいと思います。
妻を亡くし、娘は失明……時は明治、「士族の商法」で財産を失った士族の船津幸兵衛(ふなづ こうべゑ)は、東京深川(現:江東区深川)の裏長屋に妻と娘2人で細々と暮しておりました。
「筆~、筆はいらんかね~!」
幸兵衛は生まれたばかりの次女を抱えて筆を売り歩きますが、お約束ながらちっとも売れません。妻は産後の肥立ちが悪く亡くなってしまい、長女のお雪は母を喪った悲しみで失明してしまうという不幸続き。
「あ~あ、売れんなぁ……」
そんな哀れさを見るに見かねて、ご近所で剣術師範代をしている萩原正作(はぎわら しょうさく)の内儀が、金子(きんす)一封と赤ん坊の服を贈ってくれました。