卑弥呼の墓についた「赤面の名称」/今から始める古墳入門(2) (2/4ページ)
「神戸にある『五色塚古墳』などは、神戸の丘の上にあって海からはっきりと見えますから、被葬者はわかりませんが、この地域の豪族が権威を見せるために造っているのがわかります。今あるのは、復元されたものですが、石を敷き詰めた迫力あるもので、造られた当時の古墳がどんな姿だったのかもよくわかりますし、築造当時でも相当の財力と権力がなければできないものだと実感できます」
「古墳時代」と呼ばれる時代区分を覚えている読者も多いだろう。その時代の範囲も研究が進み、微妙に揺れていると、河合氏は言う。
「大きな丘をもつ墳墓(ふんぼ)、つまり古墳があった時代を歴史学では『古墳時代』と呼んできたのです。ところが近年、弥生時代に70メートルを越えるような巨大な墳丘墓(ふんきゅうぼ)があったことが確認されて、古墳時代の定義をどうしたらいいのかという議論があり、結果的には、いわゆる〝鍵穴〟のような形をした『前方後円墳』が造られた時代、つまり3世紀半ばから7世紀、あるいは8世紀の初め頃までを『古墳時代』とするということになっています。したがって弥生時代の巨大な墳墓は、単に『墳丘墓』として、古墳とは区別しているのです。