「鎌倉殿の13人」山本耕史が演じる三浦義村、実は初回放送時点ではまだ8歳の子供だった? (7/10ページ)
月耕「月耕随筆 梶原景時」
正治元年(1199年)、梶原景時(かじわらの かげとき)の変においては盟友の結城朝光(ゆうき ともみつ)を讒訴から守るべく景時を追い落としたのを皮切りに、元久2年(1205年)の畠山重忠(はたけやま しげただ)の乱ではかつて祖父の三浦義明(よしあき)を討った重忠ら畠山一族に復讐を果たすなど、鎌倉幕府の命運を左右するキーパーソンとなっていきます。
そして建暦3年(1213年)の和田合戦においては三浦一族の長老となっていた和田義盛(わだ よしもり)を裏切って義時に与したことから
「三浦の犬は友を喰らう(三浦犬は友を食らふなり)」
※『古今著聞集』巻十五「闘争」より
などと謗りを受けることもあったそうです。
また建保7年(1219年)に3第将軍・源実朝(さねとも)が甥の公暁(くぎょう。実朝の兄・源頼家の子)によって暗殺されると、味方するふりをしてこれを討ち取りました。