「鎌倉殿の13人」山本耕史が演じる三浦義村、実は初回放送時点ではまだ8歳の子供だった? (5/10ページ)
ここは「そういう(それを楽しむ)場」なのですから。より詳しく知りたい方は、改めて調べるのがおすすめです。
義時との共通点?頼朝公の生前は、どこか薄い存在感……で、それはそうとして。これだけでは単なる野暮に終わってしまいますから、せっかくなのでここからは真面目に三浦義村の生涯をざっくり辿っていきたいと思います。
三浦義村が鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』に初登場するのは寿永元年(1182年)8月11日。政子の安産祈願のため奉幣使(ほうべいし。寺社への使者)として安房東條庤(現:千葉県鴨川市)へ派遣されました。
初陣と見られる記録は元暦元年(1184年)8月、頼朝公の異母弟・源範頼(のりより)を総大将とする平家追討軍に父と共に参陣します。
激しい戦いに身を投じる義村たち(イメージ)。歌川国綱「源平大合戦」
この時、軍記物語『源平盛衰記』では
「十五六ハ小、十七以上ハ可二上洛一ト被レ定タリ」
※第37巻「平家開城戸口并源平侍合戦事」より
【意訳】15~16歳は子供(資格なし)、17歳以上は上洛≒参陣すべしと定められた。