【秘話 鎌倉殿の13人】源頼朝最後の男系男子・貞暁(じょうぎょう)の波乱に満ちた人生と北条政子との因縁:その2 (6/6ページ)

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(写真:Wikipedia)

頼家の殺害は、幕府内権力が北条氏から比企氏へわたることを怖れた時政・義時・政子によって主導されたことは間違いないでしょう。こうして、源氏一族男子で残ったのは、頼家の跡を継ぎ三代将軍となった源実朝と頼家の子(公暁・栄実・禅暁)、そして貞暁など数人だけとなったのでした。

一方、この間、京都で仏道修行に励む貞暁の周りでも不幸が続きました。1197(建久8)年10月13日、貞暁の力強い庇護者であった一条能保が亡くなります。そして、1206(元久3)年には隆暁法印が仏道に捧げた生涯を閉じたのです。

【その2】はここまで。【その3】では、政子の上洛に伴う貞暁の高野山転居の真相。そして、政子の再上洛の際に起こる貞暁の壮絶な行動。その後の貞暁と政子の関係についてお話ししましょう。

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