【秘話 鎌倉殿の13人】源頼朝最後の男系男子・貞暁(じょうぎょう)の波乱に満ちた人生と北条政子との因縁:その2 (2/6ページ)

Japaaan

隆暁はその中でも門跡寺院の住職であるとともに、後に東寺の副住職も務めたトップクラスの高僧でした。

その養父である一条能保は、頼朝の同母姉妹である坊門姫を妻としていた公家で、頼朝から格別な信用を得ていた人物です。後には北条時政の後任として京都守護を任され、義経探索の指揮を執るなど、頼朝の京都におけるキーパーソンとして活躍しました。また、能保は後白河法皇の信任も厚く、朝廷と幕府双方に広い人脈を持っていたのです。

頼朝:能保殿、どうか貞暁のことを頼み申す。高僧と誉れ高い隆暁殿のもとで立派な僧にしてやってくれ。

頼朝は、そんな能保と隆暁法印に貞暁を託したのです。このことからも、貞暁に対する想いが並々のものではなかったことが推測されます。

隆暁は、京都が未曾有の疫病に襲われた際、死臭漂う京都の町を歩きまわり、斃れている死者の額に梵字を記し、供養を行ったと『方丈記』に記録されています。

貞暁が、自らが疫病にかかる危険を顧みず、人々のために祈りをささげる師・隆暁について懸命に仏道の修業を重ねたことは想像に難くありません。

俗世から離れ、懸命に仏道修行に励む貞観。

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