両津勘吉も訪れた「船橋ヘルスセンター」跡地に残る「昭和の痕跡」 撤去の危機を2度乗り越えた「一本松」が伝える思い出【昭和の日特集】 (2/4ページ)

Jタウンネット

記念碑(2022年4月13日、Jタウンネット撮影=以下同)

鳩のモニュメントが印象的なこちらは、1957年に船橋ヘルスセンターが「週刊読売」(読売新聞社)選定の全国温泉コンクールベストテンに入選したことを記念して作られたもの。

町が様変わりしていく中でも、船橋ヘルスセンター時代からずっと残り続けている記念碑なのだ。ららぽーとの喧騒から離れた静かな駐車場の一角で、当時を伝える姿に思わず感動してしまった。が、そうしてばかりもいられない。

なぜ、閉園から45年も経った今もなお、この場所に残り続けているのか。その理由が気になってきて仕方ないのである。

そこで筆者はららぽーとの運営を行う三井不動産マネジメントや船橋市広報課に記念碑が今も残る理由を聞いたのだが、残念ながら手掛かりは得られず。

なんとか、記念碑が残っている理由をつかめないか。一度編集部に戻り、現地で撮影した写真を見ながらヒントを探していると、記念碑の目の前に商店街があることに気づいた。「浜町商店街」だ。

浜町商店街

ここの商店街の方なら記念碑にも近いし、何か知っているのではないか――そう思い、当時を知る人を探すと、1976年から営業を続けている居酒屋「あんこう」の店主・丸山茂雄さんに出会った。

「シンボルは一本松」だった

4月16日、丸山さんから話を聞くべく「あんこう」を訪れた筆者。そこで、記念碑が今も残っている理由を聞くと、丸山さんから意外な答えが返ってきた。

「記念碑の方はあんまり気にしたことなかったですね。
「両津勘吉も訪れた「船橋ヘルスセンター」跡地に残る「昭和の痕跡」 撤去の危機を2度乗り越えた「一本松」が伝える思い出【昭和の日特集】」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る