両津勘吉も訪れた「船橋ヘルスセンター」跡地に残る「昭和の痕跡」 撤去の危機を2度乗り越えた「一本松」が伝える思い出【昭和の日特集】 (3/4ページ)
記念碑の隣にある一本松が当時はシンボルでしたから」
筆者は大きな勘違いをしていたようだ。船橋ヘルスセンターの賑わいを今に伝えるものは、記念碑しかないと思い込んでいた。
しかし、丸山さんによると、船橋ヘルスセンターの名残のメインはその隣にある一本松だというのだ。
「あの松は船橋ヘルスセンターが開園した当時からずっとあるもので、施設のシンボルでした。松は、船橋大神宮(意富比神社)の方向を向いていて、かつては松のあるところがヘルスセンターの入り口だったんです」(丸山さん)

シンボルとして存在している松。そのすぐ隣に記念碑が建った理由について、丸山さんはこんな推測を話した。
「松の隣は1番いいポジションです。そこに記念碑を建てたのは、自慢や自信の現れだったのかもしれません」(丸山さん)松に託された思い
2022年になっても駐車場の一角でひっそりと残り続けている松の木だが、以前、撤去されてしまう危機が2度あったという。
「かなり前ですが、三井不動産が松を撤去する計画があると聞きました。そのときに私は三井不動産の方に松の話をしたんです。ご神木だから、撤去したらマズいんじゃないのって。それが直接関係したかわかりませんが、松は残ることになりました。その後も、記念碑の近くにある公民館とららぽーとをつなぐ通路を作るという話になった時、松のすぐ近くまで通路を確保するという話を耳にしました。