「鎌倉殿の13人」ついに頼朝追討の宣旨!?受けて立つ頼朝…第19回放送「果たせぬ凱旋」予習 (3/11ページ)

Japaaan

今の内に潰しておくのが肝要でしょう」

では誰が行くのか……平家討伐での活躍ぶりもあることで、御家人たちはなかなか名乗り出てくれません。

「然らば、それがしが」

土佐坊昌俊。歌川国貞筆

進み出たのは土佐坊昌俊(とさのぼう しょうしゅん)。元は土肥実平(演:阿南健治)の預かりになっており、挙兵以来の古参として戦ってきました。

「もしそれがしが討死したら、下野国(現:栃木県)にいる年老いた母と幼い子供たちの面倒を見ていただけますでしょうか」

頼朝はこれを快諾し、さっそく下野国中泉荘(現:栃木県壬生町)に所領を与えます。

昌俊は文治元年(1185年)10月9日、弟の三上弥六家季(みあげ やろくいえすえ)はじめ郎党の錦織三郎(にしごおり さぶろう)・門真太郎(かどま たろう)・藍澤二郎(あいさわ じろう)ら83騎を率いて上洛して行きました。

下された「頼朝追討」の宣旨

一方の義経は文治元年(1185年)10月13日、行家と一緒に御所へ参上。後白河法皇に頼朝討伐の宣旨を下さるよう直訴します。

「兄・頼朝は罪なき叔父を討てと命じてきましたが、私にはそんなことできません。

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