「鎌倉殿の13人」ついに頼朝追討の宣旨!?受けて立つ頼朝…第19回放送「果たせぬ凱旋」予習 (7/11ページ)
御家人たち義経を支え、勝利をもたらしたのは、鎌倉殿が御為なればこそ。歌川国芳「源義経梶原逆櫓争論図」
「心配するな。いま九郎の周りを取り巻いておるのは寄生虫(獅子身中の虫)行家をはじめ、そのほとんどがロクに戦さもせなんだ有象無象ばかり。平家討伐で九郎の軍略を実現せしめた御家人たちは、ことごとく鎌倉におるのだ」
「……確かに」
「九郎よ、そなたは確かに強い。だがな。戦さとは一人で勝てるものではないのだ……」
翌10月25日、先発隊が鎌倉を出発。道中、尾張と美濃両国(現:愛知県西部・岐阜県南部)の者たちに命じて足近(あぢか)と洲俣(すのまた)を封鎖させ、万が一にも義経らが東国へ攻め込まないよう備えさせます。
「九郎と行家の両名が京都におればすぐに討て。もしいなければ京都から離れず、本隊の到着を待つように……まぁ、戦にもなるまいが」
「「ははあ」」
そして10月29日、ついに頼朝本隊も鎌倉を出発。先陣は土肥実平、後陣を千葉介常胤が務め、相模国はじめ坂東じゅうの御家人たちを引き連れたと言います。
都落ちした義経、気がつけば主従5人だけ「何だと、兄上が……」
頼朝が上洛してくると聞いて、義経と行家は浮足立ちました。まともに戦っても勝ち目はありません。