女性スキャンダルで勘当!?北条義時と比奈の子供「北条朝時」の生涯をたどる【鎌倉殿の13人】 (2/9ページ)

Japaaan

(婚前の性交渉が行われた可能性がなくはないものの、もしそうだとしたら、両者の態度があまりに不自然すぎます)

まぁそこはドラマのご都合主義でうまく調整するとして、ともあれ亡き八重との子(異母兄)・金剛と仲良く過ごしたようです。

※泰時の弟想いなエピソードがコチラ

執権の立場は重々承知…それでも弟の危機に駆けつけた「北条泰時」の兄弟愛【鎌倉殿の13人】

建久9年(1198年)には弟の北条重時(しげとき)も生まれますが、朝時が11歳になった建仁3年(1203年)、母の実家である比企一族が滅ぼされてしまいました(比企能員の変)。

比企能員の最期。『星月夜顕晦録』より

とうぜん母は激怒して比企一族を滅ぼした義時と離婚。朝時たちを置いて上洛してしまいました。

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