女性スキャンダルで勘当!?北条義時と比奈の子供「北条朝時」の生涯をたどる【鎌倉殿の13人】 (8/9ページ)
その後、異母弟・北条政村(まさむら)との後継者争い(伊賀氏の変)を制した泰時が鎌倉幕府の第3代執権に就任すると朝時はこれを補佐。
嘉禎2年(1236年)9月に幕府の評定衆(ひょうじょうしゅう。新「鎌倉殿の13人」的な合議制メンバー)に加えられますが、間もなく辞退して幕政から遠ざかります。
仁治3年(1242年)に泰時が病のため出家すると、朝時も共に出家して生西(しょうさい)と号しました。出家の理由は不明ですが、一説には泰時の死に乗じて謀叛の噂が立ったからとか。
そして寛元3年(1245年)4月6日、53歳で亡くなったのでした。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」には登場するか分かりませんが、是非とも登場して欲しい北条朝時。