女性スキャンダルで勘当!?北条義時と比奈の子供「北条朝時」の生涯をたどる【鎌倉殿の13人】 (6/9ページ)
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※『吾妻鏡』建暦3年(1213年)5月2日条
「門が……破れるぞ!」
「でりゃあ!」
※建築様式が完全に近世のものですが、崩れ落ちる瓦やへし折られた閂(かんぬき)が躍動感を生むと共に、門を破られた北条勢の動揺がよく表現されています。
ガラガラガラ……御所の惣門(正門)もぶち破って和田勢は南庭へ乱入。一時は将軍の身さえも危ない状況に追い込まれたとか。
「ここで逃げたら北条の名折れ。いざ尋常に勝負しやがれ!」
朝時はここが名誉挽回の好機と心得、命懸けで義秀に立ち向かいました。
……相摸次郎朝時取太刀。戰于義秀。比其勢。更雖不耻對揚。朝時主逢蒙疵也。然全其命。是兵略与筋力之所致。殆越傍輩之故也。