女性スキャンダルで勘当!?北条義時と比奈の子供「北条朝時」の生涯をたどる【鎌倉殿の13人】 (5/9ページ)
朝時は色恋に狂って艶書を出すも相手にされなかったため、深夜彼女の元へ夜這いをかけ、御所から連れ出したためだとか。
かくして鎌倉を去り、謹慎の日々を過ごしていた朝時でしたが、いつまでも謹慎していられるほど世の中は平和ではありませんでした。
和田合戦で豪傑・朝比奈義秀に挑みかかる建暦3年(1213年)5月2日、かねて義時との対立を深めていた和田義盛(演:横田栄司)がついに挙兵。鎌倉を火の海にする合戦が繰り広げられました。後世に伝わる「和田合戦」です。
「おい次郎。もう謹慎はいいから帰って来い!人手が足りないんだ!」
「ぃよっしゃあ!」
鎌倉へ連れ戻された朝時は、さっそく前線に投入。かの猛将・朝比奈三郎義秀(あさひな さぶろうよしひで。和田義盛の子で、一説には巴御前が母親)を相手に奮戦しました。
この義秀は素手で鰐(サメ)を捕らえたとか、一晩で山をぶち抜いた(それが現代の朝比奈切通し)とか、とかく桁外れの怪力自慢。
……酉剋。賊徒遂圍幕府四面。摩旗飛箭。相摸修理亮泰時。同次郎朝時。上総三郎義氏等防戰盡兵略。而朝夷名三郎義秀敗惣門。乱入南庭。攻撃所籠之御家人等。剩縱火於御所。郭内室屋。不殘一宇燒亡。