人災と天災で荒れていた中世に広まった末法思想と極楽寺院への思い (3/3ページ)
■最後に…
末法の世も極まると時代は法然(1133〜1212)を登場させる。法然は寺も仏像も必要ない野良仕事しながらでもできる称名念仏を広めた。しかしそれは芸術性の放棄でもあった。法然の浄土宗にはまだ来迎図などの芸術が残されているが、後の浄土真宗系の寺院などは柳宗悦(1889〜1961)が指摘するように、シンプルで芸術性に欠ける。真宗では阿弥陀如来像より「南無阿弥陀仏」の六字を本尊とすべしとの声もある程である。虚飾に塗れた印象の貴族仏教だが、残された仏教美術は見事なものである。そのおかげで現代の私たちも芸術に親しみ、当時の世相や死生観を学ぶことができるのも事実だ。形の無い称名念仏は信心が無ければ味わうことはできないが、観想念仏のための極楽寺院は、極楽往生を信じられなくてもその想いを感じることはできるのである。