比企能員、暗殺計画!北条時政の命により仁田忠常と天野遠景は…後編【鎌倉殿の13人】 (7/10ページ)
この四郎は五郎と同族(兄弟?)と考えられ、後に五郎が頼家の側近として流罪の判決を下された際、特別に赦されているのです。
これは中野五郎が時政によって送り込まれたスパイ?であり、頼家の動向が中野五郎⇒中野四郎⇒時政と筒抜けであった可能性を示しているとか。
「よもや五郎、そなた……」果たして頼家は誰を信じられたのか(イメージ)
時政や能員らといった宿老たちに対抗するため、頼家が集めた6人の側近。
小笠原長経(おがさわら ながつね) 中野能成 比企宗朝(三郎。能員の子) 比企時員(四郎。能員の子) 細野四郎(ほその しろう) 和田朝盛(わだ とももり。和田義盛の孫)しかしその多くが比企・北条そして三浦(和田)の息がかかっており、常に情報は筒抜けであったようです。
情報を制する者が鎌倉を制す……北条による粛清劇は、まだまだ続くのでした。
エピローグさて、比企一族の滅亡から4日が経った9月6日。忠常は比企能員を仕留める大手柄の恩賞をもらうため、時政の館へ招かれました。
「いやぁ、此度のことは仁田殿が殊勲なくして成り得なんだ。恩賞はうんと弾みもうそう……」
「ははぁ、ありがたき仕合せにございまする!」
ちょっと挨拶して(恩賞の約束をとりつけて)帰るつもりだった忠常でしたが、時政はもう大喜びで歓迎します。