「鎌倉殿の13人」ついに阿野全成の最期か…第30回放送「全成の確率」予習 (3/8ページ)

Japaaan

將軍家以比企四郎。被申尼御臺所云。法橋全成。依企叛逆所生虜也。彼妾阿波局官仕殿内歟。早召給。有可尋問子細云々。如然事。不可令知女性歟。随而全成去二月比下向駿州之後。不通音信。更無所疑之由。被申御返事。不被出進之云々。

※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)5月20日条

頼家の使者である比企弥四郎(演:成田瑛基)に対して、政子はこれを頑として拒否。

「謀反の企みなど、女子供の知ったところではありません。そもそも全成殿はこの2月からずっと駿河国阿野荘(現:静岡県沼津市)へ戻っており、何の連絡もとっていないのですから、何の疑いもありません!」

この政子の態度を「必死に妹を守った」と見るか、あるいは「全成を切り捨てた」と見るかはともかく、頼家の背後にいた比企能員(演:佐藤二朗)は舌打ちしたことでしょう。

「チッ、北条までは手を伸ばせなかったか……まぁよい。想定内だ」

果たして5日が過ぎた(この間に訊問≒拷問などが行われたことでしょう)5月25日、全成は常陸国(現:茨城県)へ流罪と決まります。

申尅。阿野法橋全成配常陸國。

※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)5月25日条

このまま全成はひっそりと余生を送るのかと思いきや、約1か月が経った6月23日。頼家は八田知家(演:市原隼人)に命じて全成を処刑させました。

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