「鎌倉殿の13人」ついに阿野全成の最期か…第30回放送「全成の確率」予習 (6/8ページ)
しかし、頼家は何ら気にせず、行いを悔い改めることなく蹴鞠に興じていました。
御所御鞠也〔今日以後無此御會〕。北條五郎時房。紀内行景。冨部五郎。比企弥四郎。肥田八郎。源性。義印等參。
※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)7月18日条
【意訳】頼家は蹴鞠に興じる(この日以降、蹴鞠が途絶える)。当日は北条五郎時房(演:瀬戸康史)・紀内所行景(きの うちどころゆきかげ)・冨部五郎(とみべ ごろう)・比企弥四郎時員・肥多八郎宗直(ひだ はちろうむねただ)・大輔房源性(だいゆうぼう げんしょう)・加賀房義印(かがのぼう ぎいん)らが参加した。
……そんな態度が神仏の怒りに触れてしまったのか、7月20日に頼家は急病に倒れてしまいます。
晴。戌尅。將軍家俄以御病惱。御心神辛苦。非直也事云々。
※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)7月20日条
「ただちに祈祷をせよ!」
果たして祈祷を行ない、病因を占った結果、やはり神仏の祟りでした。
御病惱既危急之間。被始行數ケ御祈祷等。而卜筮之所告。靈神之崇云々。
※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)7月23日条
これも罪なき叔父を殺した罰か……果たして頼家が後悔したかどうだか、せめて頼全の命だけでも赦してやれば功徳にもなろうに、7月30日に京都より使者が到着。
「申し上げます。