「鎌倉殿の13人」ついに阿野全成の最期か…第30回放送「全成の確率」予習 (4/8ページ)
八田知家奉仰。於下野國。誅阿野法橋全成。
※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)6月23日条
処刑に際して、知家は全成の身柄を下野国(現:栃木県)に移送していますが、その場でさっさと殺さなかったのは何か理由があったのでしょうか。
「よし。京都にいる頼全も殺せ」
翌6月24日、頼家は京都にいた源仲章(演:生田斗真)と佐々木定綱(演:木全隆浩)に頼全の暗殺を命じる使者を発します。
江兵衛尉能範爲使節上洛。是頼全〔全成子〕可誅之由。被仰相摸權守。佐々木左衛門尉等故也。
※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)6月24日条
「……これでよし」
北条にまで手は伸ばせなかったけど、とりあえず脅しくらいにはなっただろう……全成を殺し、頼全も間もなく死ぬ。頼家と能員は一息ついたことでしょうが、話はそこで終わりませんでした。
相次ぐ怪異、とうとう頼家に天罰が下る「あ……ハトが!」
全成を殺してからと言うもの、鎌倉の鶴岡八幡宮では異変が相次いだと言います。