「鎌倉殿の13人」ついに阿野全成の最期か…第30回放送「全成の確率」予習 (2/8ページ)
阿野法橋全成〔幕下將軍御舎弟〕依有謀叛之聞。被召籠御所中。武田五郎信光生虜之。即被預于宇都宮四郎兵衛尉云々。
※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)5月19日条
真夜中ごろ、謀叛の容疑があるとして阿野全成が武田五郎信光(たけだ ごろうのぶみつ)に捕らわれました。身柄は御所に一時拘束された後、間もなく宇都宮四郎兵衛尉(うつのみや しろうひょうゑのじょう。塩谷朝業か)の元へ預けられます。
かつて源頼朝(演:大泉洋)の挙兵に参加してから、ほとんど何の活動も記録されていない全成が、なぜ捕らわれたのでしょうか。
悪禅師と呼ばれた阿野全成。頼朝の元へ来てからの行動には謎が多い。画像:Wikipedia(Musuketeer.3氏)
考えられるのは、全成が北条派であったから。頼家≒比企派は北条の勢いを削ぐべく全成を捕らえ、その妻である阿波局そして実家の北条家へ追及の手を伸ばしたかったものと見られます。
と言うわけで、頼家はさっそく阿波局を捕らえるべく、その身柄引き渡しを尼御台・政子(演:小池栄子)に要求しました。