絵師でありながら、槍をふるって斎藤利三の遺骸を奪還した海北友松(かいほうゆうしょう)とは【その3】 (2/5ページ)
光秀は居城の近江坂本に逃れる途中で落ち武者狩りの手に落ち、利三も捕らえられ斬首された。二人の遺骸は、首と身体を繋がれ、粟田口の刑場で磔にされ晒されたのだ。
信長を討ってから僅かの間に、光秀も利三も実にあっけなくこの世を去った。友松がこれをどう感じたかは定かではない。しかし、友松を突き動かしたのは「名こそ、惜しけれ」という、辱めをよしとしない武門の血であった。
山崎の戦の後、近江堅田に逃れた斎藤利三。(写真:Wikipedia)
真如堂東陽坊の仏間に座する友松は、住持の東陽坊長盛に毅然と言い放つ。
長盛殿、今夜、某は粟田口に参ります。
長盛は友松が携えてきた長槍を見てその真意を悟った。
ならば、拙僧も共に参ろう。弔いに坊主は欠かせまい。
その深夜、闇に紛れて友松と長盛は粟田口の刑場に侵入した。
漆黒の闇を割くように、長盛が声高々に経を唱える。その声に驚いた番兵たちが槍を構えた。