「鎌倉殿の13人」野望むき出しの比企一族。義時は阻止できるか…第31回放送「諦めの悪い男」予習 (4/7ページ)
募外戚之權威。挿獨歩志之間。企叛逆。擬奉謀千幡君并彼外家已下云々。
※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)8月27日条
「本来ならば、頼家様のご嫡男である一幡様が鎌倉殿を継ぐべきだが、まだ幼すぎる。そこで西国38か国については千幡(演:峰岸煌桜。源実朝)様が治め、東国28か国については一幡様が治めるという形はどうだろうか……」
時政の提案に能員が怒るまいことか、断じて受け入れる筈がありません。が、時政の周到な根回しによって御家人たちはほとんど賛成。
「謀りおったな、北条め!」
頼家の病状はますます悪化しているし、このままでは北条に天下の半分を奪られてしまう……かくして能員は北条打倒を企むようになるのでした。
比企能員の変と、一幡の最期そして9月に入り、頼家の病気はいよいよ重篤となり、どんな祈祷も治療もまったく効果がありません。
將軍家御病惱事。祈療共如無其驗。依之。鎌倉中太物忩。國々御家人竸參。人之所相謂。叔姪戚等不和儀忽出來歟。關東安否。盖斯時也云々。
※『吾妻鏡』建仁3年(1203年)9月1日条
「いよいよ鎌倉殿が危ないらしいぞ、急げ!」
何を感じたのか、諸国から御家人たちが続々と鎌倉へ集結。鎌倉じゅうが騒然となりました。
人々が言うには「いよいよ叔父(義時)と甥(頼家)の不和が表面化するのではないか」すなわち「ついに鎌倉殿へ愛想を尽かした北条のクーデターが起きるのでは」とのこと。
鎌倉殿につくべきか、あるいは北条氏についた方がいいか、御家人たちの思惑も交錯したことでしょう。
そして運命の9月2日。時政は能員をおびき出して暗殺し、一気に比企一族を攻め滅ぼすのでした。