「鎌倉殿の13人」畠山重忠ロス必至!鎌倉武士の鑑が魅せた壮絶な最期・第35回放送「苦い盃」予習【後編】 (4/10ページ)

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これは比企能員の乱でも見せた時政の周到な根回しによるものでしょう。

また、強豪である重忠がつぶれれば、武蔵国の利権(おこぼれ)に与れると期待しての加勢と考えられます。

一方、関戸(搦手)の大将は時房と和田義盛(演:横田栄司)。こちらも雲霞の如き大軍を率いて、重忠を挟み撃ちにしたのでした。

完全包囲された重忠の最期

一方6月19日に地元を出て、鎌倉へ向かっていた重忠たちが義時・時房らの大軍と遭遇したのは正午ごろ(午の刻)、場所は武蔵国二俣川(現:神奈川県横浜市)。

「申し上げます。鎌倉にて六郎殿が討ち取られ、すぐそこまで敵の軍勢が迫っております!」

重忠が率いていたのは息子の畠山小次郎重秀(こじろうしげひで)や郎従の本田次郎近常(ほんだ じろうちかつね)、榛沢六郎成清(はんざわ ろくろうなりきよ)はじめ、わずかに134騎。

折悪しく舎弟の長野三郎重清(ながの さぶろうしげきよ)は信濃国へ、同じく畠山六郎重宗(ろくろうしげむね)は奥州に出張しており、兵力が圧倒的に不足しています。

「ここはひとまず本拠地へ引き返して立て籠もり、ご舎弟方の援軍を待ちましょうぞ」

しかし近常らの助言を断り、重忠は皆に言い聞かせました。

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