ついに登場!承久の乱で三浦義村と兄弟対決を繰り広げる三浦胤義(岸田タツヤ)の生涯【鎌倉殿の13人】 (6/8ページ)

Japaaan

はっはっは……」

胤義からの誘い状を義時に差し出し、忠義を誓う義村(中央)。『承久記絵巻』より

……などと高をくくっていたのですが、残念ながら現実はそう甘くありません。義村はじめ坂東武者たちはこぞって義時たちに味方し、胤義らは奮闘むなしく敗れ去ってしまいます(その辺りはまた改めて)。

エピローグ

「……朕は敗れた。もはやそなたたちにしてやれる事は何もない。去るがよい」

承久3年(1221年)6月15日、最後の決戦に敗れた胤義は後鳥羽上皇に別れを告げられ、東寺に立て籠もって最後の決戦を挑みました。

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