見守るとはどういうことか 宮本武蔵は細川家をどのように見守ったか (4/7ページ)
その他、武蔵の生誕地という説がある岡山県美作市宮本968にある「武蔵(むさし)神社」の裏手に、武蔵の祖父、両親の墓と共に、熊本・弓削の「東の武蔵塚」から分骨されたという説がある、「賢正院玄信二天居士 宮本政名武蔵之碑」と刻まれた墓もある。
■宮本武蔵が残した数々のエピソード
宮本武蔵といえば、その62年の人生の大半は野に在り、そこで繰り広げられた60回余りの勝負に一度も負けなかったと伝えられる、ヒーロー性やカリスマ性を強く帯びた剣豪だ。特に、待ちくたびれて苛立った佐々木小次郎(?〜1612)の前に、「待たせたな!」という言葉とともに悠然と登場した後、目にも止まらぬ見事な技をもって、「小次郎、敗れたり!」とひと声発し、見事な勝利を収める巌流島(がんりゅうじま)の戦い(1612年)がとても有名だ。
このように武蔵は、歌舞伎の『敵討巌流島(かたきうちがんりゅうじま)』(1727年)に始まり、奇才・歌川国芳(1798〜1861)の浮世絵、『宮本武蔵の鯨退治』(1847年頃)。そして現在に至るまで、何度も小説や芝居、映画やドラマの主人公として描かれ、時には昭和のザ・ドリフターズのコントの「ネタ」にもなっていた。その中でもとりわけ、「国民的」に愛されてきたものは、作家・吉川英治(1892〜1962)の『宮本武蔵』(1935〜1939年)。そしてそれを原作とした井上雄彦(1967〜)の漫画、『バガボンド』(1998年〜)などがある。
また、60歳、晩年の武蔵が、寛永20(1643)年に人里離れた霊場・金峰山(きんぽうざん)山麓(熊本市西区松尾町平山)の洞窟・霊巌洞(れいがんどう)にこもって書き記した、地・水・火・風・空の5巻からなる『五輪書(ごりんのしょ)』(1645年)も有名だ。そこには、不敗の剣技を極めた「二天一流兵法(にてんいちりゅうへいほう)」、つまり左右それぞれの手に剣を持ち、敵または相手方と対峙する、いわゆる「二刀流」、或いは剣術そのものの心得について具体的に記されているばかりでなく、剣の道を極めることで、最終的に清明な境地に至ることをも説かれている。