「鎌倉殿の13人」実朝、まさか日本脱出!?第42回放送「夢のゆくえ」予習 (2/8ページ)
一幡と善哉(公暁)だけじゃない!源頼家「第3の女」が産んだ栄実と禅暁【鎌倉殿の13人】
余計な権力争いに巻き込まれないよう出家させたのでしょうに、源氏嫡流の血統は見逃されなかったようです。
晴。六波羅飛脚到着。申云。和田左衛門尉義盛。大學助義淸等餘類住洛陽。以故金吾將軍家御息〔号禪師〕爲大將軍。巧叛逆之由。依有其聞。去十三日。前大膳大夫之在京家人等。襲件旅亭〔一條北邊〕之處。禪師忽自殺。伴黨又逃亡云々。
※『吾妻鏡』建保2年(1214年)11月25日条
ただし『吾妻鏡』では「禅師(ぜんじ。禅僧)と号する」とあるのみで栄実とは特定されておらず、また『尊卑分脈』などの諸史料において栄実は承久元年(1219年。建保7年)に自害したとされています。
また千寿丸が泉親衡(いずみ ちかひら)と共に落ち延びて出家し、天寿をまっとうしたという伝承もあるようです。
伊豆へ流された北条時政の死年が明けて建保3年(1215年)1月8日、伊豆から鎌倉に飛脚が到着。
