東京都墨田区にある業平橋の由来となった歌人・在原業平を調べてみた (3/6ページ)

心に残る家族葬



光孝天皇(830〜887)の世に、信濃国(現・長野県)に官那羅(かんなら)という名の鬼王がいた。「鬼婆国(きばこく)」の乱婆羅(らんばら)王から数えて52代になるという、「名門」出身の鬼だった。官那羅は京の都に上り、鳥や稚児、美女に変化しては、さまざまな悪さをしていた。そのような官那羅だが、大の笛好きで、「青葉の笛」と呼ばれる不思議な笛を持っていた。その笛は、口を当てて吹きさえすると、師匠について習うなどの経験がなくても、さまざまな曲を自分の思い通りの音色で吹くことができる。更には物事の善悪や吉凶までも、察知することができるのだ。

青葉の笛の不思議を聞き知っていた業平は、何とかしてそれを手に入れ、国の宝にしたいと思っていた。そこで笛を100本ほどこしらえて、それらを腰に差したり、ふところに入れたりして、官那羅に会うべく、高い山や深い谷に出かけていた。そこで業平は夜ごと秘曲(特別に師匠から伝授された曲)を吹いていたため、天人はもちろんのこと、鬼や獣たちまで、その音色に聞き惚れていた。

そんな折、ある夜の宴に官那羅が現れ、楽しんでいた。そこへ業平が官那羅の笛・雲化(うんか)を手に取って、「あなた様がどんな天人でいらっしゃるのかを、私は存じませんが…」と言って、吹き始めた。官那羅は口を開けたまま、その音色を聞いていた。業平は笛に任せて吹き続ける。それは、観音・勢至(せいし)・薬王・薬上(やくじょう)…など、極楽往生を願う者を守る二十五の菩薩がまさに来迎されるときに奏でられるありがたい音楽だった。官那羅は、今まで聞いたことがなかったが、こんなすばらしい音楽があるのだなあと、不思議な思いを抱きながら聞いていた。そうした中、夜はだんだんと明け始めた。官那羅は、「もう間もなく鶏が鳴きますので、笛をいただいて帰ります。明日の夜はどこで遊ばれますか?」と業平に訪ねた。業平が、「それでは木幡山(こわたやま、現・京都市伏見区)のあたりはいかがですか?」と答えた。官那羅は、「どこでも構いません。私は出向いて参ります。ですが、その笛だけは、お返しください」と言った。業平は先ほどの笛・雲化を隠し、自分が持っていた別のものを官那羅に渡した。官那羅はそれが自分の笛ではないとわかり、「違う!」と言った。すると業平は、また別のものを渡す。
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