大谷翔平は「エースで4番」三冠王・村上宗隆も!史上最強!WBC侍ジャパン「黄金スタメン」と「激闘」舞台裏 (5/6ページ)
本来であれば、仕掛ける前に代走を出せたらよかったんだけどね」(前同)
“足”も重要となる国際大会だが、第3回大会では、両リーグの盗塁王だった大島洋平と聖澤諒の2人が最終選考から外れていた。
■王貞治に非通知で電話したイチロー秘話
では、連覇した第1回、第2回大会の戦いぶりははたして、どうだったのか。
出場辞退者が続出した初の大会は、王貞治監督をもってしても編成には四苦八苦。同年、日本一からアジア王者にもなったロッテから大量8名が選ばれるなど、球団ごとの偏りもあった。
「周囲も心配したほどの苦境を救ったのは、いち早く王さんに直接“喜んで”と参加を伝えたイチローでした。イチローは、ふだんの設定のまま非通知で王さんに電話したそうですが、かけた自分より先に“ハイ、王です”と名乗った王さんに、“器の大きさを感じた”と感激したそうです」(前出の球界関係者)
そんなイチローが率先してリーダーシップを発揮したチームは、韓国戦での連敗や、“誤審”で惜敗したアメリカ戦などもあり、2次リーグで崖っぷちに。
3度目の対戦となる準決勝・韓国戦を翌日に控えたミーティングでは、選手たちにも「状況的に進出は絶望的なのに、やる意味あるの?」と、シラケムードが漂っていたという。
「ミーティング後、チームは慰労の食事会を開催。だが、その同時刻にメキシコがアメリカに勝利し、日本のベスト4がからくも決まった。選手たちは食事そっちのけで、店のテレビに熱中していたと聞いています」(前同)
結局、日本は敗退寸前の土壇場から、韓国、キューバに連勝。初代王者の栄冠を手にした。