お田鶴の方だけじゃない!”おんな城主” として戦国乱世を生きた6人の女性たち (1/7ページ)
『どうする家康』11話「信玄との密約」において、引間城主を務めたおんな城主・お田鶴の方が討ち死にしました。
「どうする家康」甲斐の虎、ついに始動!そして女城主の壮絶な最期…第11回放送「信玄との密約」振り返りあまりにも凛々しく、悲しい最後は『どうする家康』を代表する名シーンになったのではないかと思います。実は戦国時代では、お田鶴の方の他におんな城主として戦国乱世を生きた女性がいました。
今回は、おんな城主として活躍した女性たちを一挙にご紹介します。
井伊家を守った井伊直虎井伊直虎は井伊谷城主・井伊直盛の娘として生まれます。直盛には男子がおらず、弘治元年(1555)に従妹の井伊直親を養子に迎えました。
しかし、永禄3年(1560)の桶狭間の戦いでの直盛の戦死を機に、井伊家家臣・小野政次によって直親は謀殺、さらには井伊家を支えた家臣たちが相次いで亡くなる事態に見舞われました。
この事態を受けて、永禄8年(1565)に次郎法師の名で出家していた直虎は還俗。井伊家の女当主となり、井伊谷城の城主にもなりました。
そして、直虎は専横をしいていた政次の討伐を目標に掲げます。一度は政次に井伊谷城を奪われますが、反対勢力と徳川家康の協力もあり、元亀元年(1570)に処刑に追い込みました。
