【どうする家康】忠義の裏に秘めた野心…毎熊克哉が演じる大岡弥四郎(大賀弥四郎)の末路【後編】 (4/6ページ)
その上で弥四郎自身は馬の鞍に縛りつけて浜松市中を引回し、念志原で泣き叫ぶ妻子を見せつけてやります。もちろん、目の前で処刑するのがお約束です。
後に岡崎城下で首から下を土に埋め、鋸引きの刑に処しました。
竹で作った鋸で首を引き切るのですが、竹で作ってあるためすぐには切れません。みんなでギコギコ引きながら、悶絶する弥四郎を観賞するという悪趣味満点な刑罰です。
「さぁさぁ、みんな大好き弥四郎の処刑だよ!鋸を引きたい人は、遠慮なく楽しんでね!」
こうなるとみんな日ごろの怨みを晴らさいでかとばかり鋸引に参加。寄ってたかって散々なぶり倒した挙げ句、弥四郎は七日目で息絶えたのでした。
残党たちを粛清
小谷甚左衛門は渡辺半蔵守綱めし捕むとて行向ひしが。遁出て天龍川を游ぎこし二股の城に入り。終に甲州に逃さりたり。倉地平左衛門は今村彦兵衛勝長。大岡孫右衛門助次。その子傳蔵清勝。両人してうち取りぬ。山田八蔵は御加恩ありて。禄千石を賜り返忠の功を賞せられしとぞ。……
※『東照宮御実紀附録』巻三「鋸引」
さて、残った謀叛人たちも処分せねばなりません。